映画『セッション』

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2014年 アメリカ

監督: デミアン・チャゼル

今さらながら、DVD借りて観てみました。

ずっと前から、観たいとは思ってたんですが。

正直、そんな好きな作品ではありません。。

思った以上に流血シーンが多く、血が怖い私としては、劇場に観に行かなくて良かったと思いました(^^;)

この予告編、まるでサイコスリラーみたいじゃないですか?

(いちお、ジャンルとしてはドラマになるかと思います)

一流のドラマーを目指す主人公が、練習を重ねるなかで手の皮が剥けて、流血するシーンがけっこう出てくるんですが。ウィキペディアによれば、これは役者さん自身の練習による、モノホンの流血だそうです(オーマイガッッ!!…)

監督のデミアン・チャゼルは、その後の『ラ・ラ・ランド』でも大成功しましたが。

チャゼルは学生時代にジャズドラマーを目指して激しい競争に身を置いた経験があるそうで、本作では脚本も書いてます。

『セッション』を観て、別の映画の記憶がよみがえりました。2011年にナタリー・ポートマン主演で大評判になった『ブラック・スワン』です。

この2作品、超不気味で、通じるものがあると思います。

私の独断と偏見で『ブラック・スワン』と絡めつつ、感想を書きます。

◆映画『セッション』と『ブラック・スワン』の共通点

共通点その①

「 アカデミー賞受賞作品」というステータス

『セッション』は三部門制覇:

→ 「助演男優賞」「録音賞」「編集賞」

『ブラック・スワン』は、花形の「主演女優賞」受賞。

共通点その②

両作品ともに、芸の世界にのめり込むなかで精神のバランスを崩していく、才能豊かではあるが真面目で不器用な若者が主人公。

『ブラック・スワン』ではクラッシックバレエの世界に生きる若い女性が、『セッション』ではジャズの世界に生きる青年が主人公です。

ふたりはそれぞれ、ただひとつのポジションをめぐる熾烈な競争のなかで、自分で自分を追いつめていきます。 

周りを固める登場人物は、したたかでズル賢かったり。または俗世にドップリ浸って、何も考えてないみたいな、能天気な奴らだったり。

真剣に練習に打ち込むほどに、周囲の、同世代の若者たちの中では異質感が際立ち、主人公は孤立していきます。

映画とはいえ、ふたりが痛々しすぎて、観てて本当に消耗します。

共通点その③

最後の最後に、アッと驚く大逆転

肉体的にも精神的にも、本当にホントの【極限】まで追いつめられた者だけが発揮するすさまじい気迫を、主人公がステージで見せつけるシーンが、最後に用意されています。

それはもう「情熱」を通り越して、「殺気・狂気・執念」と呼ぶにふさわしいパフォーマンスです。

それまでさんざん「荒野に咲く一輪の花」みたいな、いたいけな存在として描かれていた主人公が、大化けする瞬間です。

主人公をいじめてきた登場人物が、みんな、ただの小物に見えてしまうほどの「大悪」のポジションに、主人公がのし上がるのです。

この、痛快感!!

今までの苦しみは、すべてここにつながっていたのかと、膝を叩きたくなる瞬間です。

最後の最後になってようやく「あ、この映画。観て良かったかも」と思えるのでした。笑

◆ひとを育てるということ

『ブラック・スワン』では親子関係が、『セッション』では師弟関係が、相当ゆがんだ形で描かれています。

母親とか、先生とか。

どちらも、主人公にとっては「自分の面倒を見てくれてる」立場の人です。

そして彼らこそ、主人公が超えていかなければならない相手なわけです。

彼らは「親」とか「教師」という立場を利用して、相手を心理的に操作して、自分の欲を満たそうとしています。

主人公が大変貌を遂げるラストシーンは、そんな大人の支配には屈しない、たくましい精神とみずみずしい感性が、主人公の中に息づいていた事の表れと、私は受け取めました。

これからは、相手を震えあがらせたり、支配することで思いどおりに動かそうとするような育成者は、【無能】というレッテルを貼られる方向に、時代が変わっていくと思います(実際、告発とかも増えてるしネ…)

以上でっす( ^ω^ )

水恋鳥ミリー