音名(おんめい)と階名(かいめい)

私がピアノを習い始めたのは5才の時でした。

幼稚園児だったので、遊び感覚・お絵かき感覚で、音符の読み書きを学んでいきました。

毎回、レッスンの最後は、ピアノから離れて「ソルフェージュ」をやる時間。と決まってました。

ソルフェージュとは、簡単な譜面を、初見で読譜しながら声に出して「ドレミ」で歌っていく訓練です。

あと、ピアノに背を向けて立つように言われ、背後で先生が鳴らす音・和音・フレーズを聴き当てて、やはり「ドレミ」で答える、といったこともやりました。

世の中には「雨や風の音も、すべてドレミで聞こえる」だとか、「いま、鍵が床に落ちたときの音は《ラ》だった」とかいう人がいますが。私の音感はそこまで鋭くありません。

絶対音感からは程遠いですが。ある程度の音感は、もちろん有ります。

簡単なフレーズであれば、テレビから聞こえてきたCMソングを、その場で「ドレミ」に直して、歌うこと位は出来ます。

以前この話をしたら友人に

「ええーっ!!信じられない…気持ちワル~い!!」

と叫ばれてしまいました (*_*)

私は。かなり長いこと、これが当たり前だと思ってました 笑

自分がこうなんだから、他の人もみんな、そうだろうと。

みんなそれぞれ、何かしらあると思いますが、自分があまりにも自然に身につけてしまったスキルって、他の人もみな同じって、思っちゃうんですよね。

雨風などの自然現象は別として、少なくとも楽曲であれば、聞こえてくる音を「ドレミ」で捉えようとする習慣がありました。

学校の音楽の時間では、よくピアノの伴奏係でしたが。

伴奏する際は、クラスメートが「日本語」の歌詞を乗せて歌う旋律を、耳で聴きながら。同時進行で、自分が右手で弾くピアノの音を、アタマの中で「ドレミ」で歌ってました。

歌謡曲なども、小さな子供には言葉がむずかしく、歌詞が理解できなくても、ドレミで歌えばメロディーはラクに覚えられました。

アタマの中では常に、なんらかの旋律を「ドレミ」で歌っている時間が、長かったと思います。

私にとって、歌詞を考えるよりも、メロディーを作るほうがまだラクに思えるのは、小さい頃からのこういう習慣が影響してるかもしれません。

音楽高校には進学しないで、中3でピアノのレッスンを辞めたので、いわゆる「楽典」のような、理論をガッツリ勉強したことはありません。

ドレミ以外に、日本語読みの「♪ハニホヘト~♪」とか、ドイツ語読みの「♪ツェーデーエーエフ~♪」などもサラッと教わりはしました。

たしか学校の音楽の時間では「移動ド」「固定ド」もやった気はしますが。あまり覚えてません 笑

「移動ド」とか、学校の授業ではあまり強調されてなかった気がします。「あくまでも、こういう考え方もありますよ」程度のもので。

そんなわけで音楽に関しては、私の中で圧倒的に「ドレミ」の世界が、幅をきかせているのです。まあ、一般的な日本人なら、みんなそうだろうと思いますが。

アメリカに留学したとき(音楽系じゃなく、普通科の学校です)いちばんレベルの低い、音楽理論の基礎のクラスを受講しました。

既にピアノから離れて数年経ってはいましたが、その授業のなかで、自分が培ってきた「ドレミ」の感覚が、どうも、アメリカで教えられているものとは、違ってるという事に、気づかされたのでした

(つづく)